【塾コラム】なぜ分散効果は 世の中に伝わらなかったのか

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以前の「分散学習」の続きのお話です。天王寺の塾でもこの法則を知っている塾講師は少ないでしょう。しかしこれは事実です。

これほど頼もしい原則であれば、直ちに研究室から学校の教室に伝えられたはずだ。余分な時間や努力を費やさずに学習効果を高めたくない学生がどこにいるだろうか。

天王寺でも広がらなかった分散学習

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だが、その原則が教室に伝えられることはなかった。そんとした理由がある。まず親なら誰もが納得できると思うが、子どもを1回別に向かわせるだけでも大変なのに、それを何回も向かわせるのは無理な相談だった。また、この100年、分散効果の研究は、研究室での小規模の実験にとどまっていた。言ってみれば、医師が糖尿病の治療薬を発見したのに、患者にその治療を施すことなく、薬の分子構造の特定に%年かけているようなものだ。学習時間を分散する最適な間隔について研究されるようになったのは、ここ数十年のことだった。毎日少しずつ、一日おき、週に一度:。いったい、どの勉強の仕方がもっとも効率が良いか?今日が火曜日で、金曜日に歴史の期末試験があるとしたら、どう勉強時間を分散させれのか?試験が1カ月後の場合はどうか。試験までの期間に応じて、勉強時間を分散させ間隔は変わるのだろうか?

分散学習の歴史は、研究成果、とくに本書で紹介する類いの研究成果の受けとめられ方を如実に表す実例だと私は思う。科学という学問は、過去の実験から得た証拠の上に築きあげられてきた。可能であれば、分析、再現、適用範囲の拡大をするのが科学だ。

この伝統の価値は計り知れない。おかげで、科学者たちに共通の言語やッールが生まれ、イギリスのスミス博士にも、アメリカのインディアナポリスにいるジョーンズ博士が研究論文に記した「対連合テスト」の結果に関する記述を理解することができるのだ。

こうして、一度に勉強するより分けたほうが効果的勉強時間を分散する。

どんな教科にでも言えることです。

塾の先生
どんな分野にも見解の一致した調査結果という土台を築くことは不可能だ。研究者たちは独自の直感に従って行動し、独自の実験手法やツールを開発するだろう。その結果、ほかの研究と関連性があるかどうかわからない調査結果が大量に生みだされる。しかし、この伝統は足かせともなりうる。

分散効果は世に出ることなく、何十年にもわたって難解な刊行物で議論されるだけにとどまった。この閉じ込め状態が解消されるのには、程度の差はあれ、ベトナム戦争による社会的な混乱、根気よく実験を続けたポーランドのティーンェージャーの研究、ベテラン研究者による苛立ちが必要だった。
そのベテラン研究者は、「これを実生活でどのように活用できるのか?」という根本的なを口にしたという。この問いは、学習の改善につながるありとあらゆる科学に対して投げかけられるべきだと私は思う。

そしてこの問いのおかげで、研究者の興味の対象でしかなかった分散効果が、私たちが実際に有効活用できる何かへと変貌を遂げることとなった。

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