その他のコラム

塾トピックス【覚えるために忘れる理論!】

忘れるフィルター

忘却にはフィルター機能があるが、忘却のメリットはそれ だけではない。

私たちは、勝手に記憶がなくなってしまうことを不満に思う。しかし、そうしたごく一般的な忘却も、学習の定着に一役買ってくれる。私はこれを、忘却が持つ「筋肉増強の要 素」としてとらえている。一度学習したことに戻ってより深く学ほうとするとき、脳はいくらかの情報を「遮断」しないといけないはずだ。多少何かを忘れないと、勉強量を増やしても何も得られない。つまり、トレーニングで筋肉が増えるように、忘れることで学ぶ量が増えるのだ。

このシステムは完壁とは程遠い。私たちは、瞬時にさまざまな事実を完璧に思いだすことができる。韓国の首都はソウル、3の二乗は9、『ハリー・ポッター』シリーズの作者はJ・K・ロ ーリング、という具合だ。しかし、複雑なことについては、思いだすたびに内容が少し変わる。

これは忘却のフィルターが、無関係な多くの情報とともに、関係のある情報もいくらか遮断してしまうことが一因にある。また、以前思いだしたときは遮断された(忘れられた)詳細が、次に思いだそうとしたときに現れることもよくある。こうした記憶の変化は、子どもの頃の思い出話をおもしろおかしく語ろうとするときに顕著に現れる。親の車を拝借したときの話、初めて訪れた都会の地下鉄で迷子になった話。

同じエピソードもさまざまな場面で繰り返し話していれば、何が真実で何がそうでないかの区別がつかなくなってくる。何も、記憶は曖味な事実とでまかせの集まりにすぎないと言いたいのではない。どんな記憶も、思いだそうとするたびに脳がアクセスする詳細は必ず変わるので、記憶の内容も変わってしまうということが言いたいのだ。こうした考え方やそれに関係するアイデアを説明する新しい理論を紹介しよう。

それは以前の理論と区別するために、「不使用の新理論」と呼ばれている。以前の理論はただ単に、記憶は使用されなければいずれ脳から抹消されるという時代遅れのものだ。新理論ではもちろん情報が更新されているが、それだけにとどまらない。理論を徹底的に見直し、忘却は学習の敵ではなく最高の友として認識を改めている。この理論は、不使用の新理論というよりも、「覚えるために忘れる理論」と呼んだほうがいいかもしれない。そのほうが、理論の内容や基本的な意見、

勇気づけられる考え方がよく伝わる。たとえばこの理論では、学んだばかりの何かをすっかり忘れたからといって、それが未知のこと であればなおさら、怠情である、注意力が欠けている、性格的に問題がある、といったことの証ではないと言っている。それどころか、脳が正常に機能している証拠だという。

のような知的能力は、私たちにとって不可欠なものであり、意識しなくても自動的に使 われるため、とても身近に感じる。それなのに、私たちはなぜか、そういう能力を低く評価している。

だからこそ、忘却の働きについて考えてみようと思う。

メモ

忘れるということに恐怖心を抱いて、何かに追い立てられるように忘れることを拒絶する必要はないのかもしれませんね。大学受験を控えている天王寺の塾に通っている皆さんも、「忘れる」ことを少し楽観的に捉えてみましょう。

塾トピックス【エビングハウスの忘却理論とは】

忘れる
エビングハウスが生みだした解明方法とは、無意味な音節の一覧を作るというものだった。そ の一覧には、母音を子音で挟んでできる単音節がいくつも含まれていた。RUR、HAL、ME K、BES、SOK、DUS、という具合だ。意味のある言葉はほとんど含まれていない。 エピングハウスは、自身が記憶するものの「一群」を見いだしたのだ。 彼は約2300の音節を作った。ありとあらゆる音節、少なくとも彼が思いつくだけの音節を リストアップしたのだ。そして、7〜8個ずつのグループに無作為に分け、グループごとに一覧 表を作った。それから、1グループずつ覚えた。音節を読みあげ、メトロノームを使って一定の 速度を保ち、確認テストで満点をとるまでに繰り返した音読の回数を記録した。

1880年にベルリン大学で講師としての職を得たが、それまでに無意味な音節の記憶に費や した時間は800時間を超えていた。彼は大学の小さなオフィスでもこの作業を続けた。小柄で 悪ひげを生やし、遠近両用メガネをかけていた彼は、廊下を歩くときも、1分につき150個の ペースで音節を唱えていた(時代や国が違っていたら、逮捕されて医療刑務所に収容されていたかも しれない)。また、休憩を挟む間隔を変えることもした。最初は覚える時間の後に%分の休憩を とったが、その後、1時間、1日、1週間と間隔を広げていった。また、覚える時間を設ける回数も変え、それにより、回数を増やすほど確認テストの点数は高くなり、忘れるスピードが遅く なることが明らかになった。

ebbinghaus2

1885年、エビングハウスは自らの実験結果を『記憶についてー実験心理学への貢献」と いう一冊の本にまとめ、音節を覚えた後に忘れる割合を計算するシンプルな数式を書き記した。 その方程式は見た日には大したことはないが、当時学問として確立しつつあった心理学という分 野において、厳密な実験にもとづいて発表された初の原則である。そしてこれこそが、彼がm年 前のパリの古書店で見つけると心に決めたものだった。

エビングハウスは、自分の方程式を見つけたのだ(ほかの科学者はグラフと呼んだ)。 彼は世界を変えたわけではない。しかし、学習に対する研究に着手したことは紛れもない事実 だ。「連想を研究する手段として無意味な音節を用いたことは、この時代の心理学において、ア リストテレスの時代以降もっとも注目に値する進展を意味すると言っても過言ではない」と、イギリス人科学者のエドワード・ティチェナーは一世代後に記している。エビングハウスの忘却曲線は多くの研究者の心をとらえ、忘れ去られることはな 14年、アメリカの教育研究の権威であるエドワード・ソーンダイクは、エビン曲線を「学習の法則」に変えた。

ソーンダイクはそれを「不使用の法則」と名づけた。使い続けなければ記憶から消え去ると断言した。
この法則は正しいと思われていた。少なくとも経験に合致するのは確かで、いまなおこの法を学習の定義として思い浮かべる人が多い。

塾トピックス【”忘れる”のは記憶するため?】

忘却は学習の敵なのだろうか?

いや、違う。実際はその反対だと言っていい。
もちろん、娘の誕生日をど忘れする、山小屋へ戻る道を忘れる、テストのときに答えを思いだせない、といったときは悲惨な事態になりかねない。とはいえ、忘れることには大きなメリットもある。その一つが、人間に生まれつき備わった、非常に精度の高いスパムフィルターとしての役割だ。余計な情報を忘れるおかげで、脳は大事なことに集中し、求めている情報を思い浮かべることができるのだ。

このメリットを際立たせたいなら、スペリングの天才たちをもう一度壇上に集めて別のことを競わせればいい。今度は、当然答えられることを答えるスピードを競わせる。たとえば、「いちばん最近読み終えた本のタイトルをあげなさい」という問題にできるだけ速く答えた人が勝ちになる。最後に見た映画。最寄りのドラッグストアの名前。アメリカ合衆国国務長官の名前。ワールドシリーズで優勝したチーム名。それらの問題で勝ち残ったら、自分のGメールのパスワード、姉妹のミドルネーム、アメリカ合衆国副大統領の名前などを、やはりできるだけ速く答えさせる。

この想像上の競技になれば、知識を大量に詰め込んだ出場者たちは、思いだせないという経験を何度もすることになる。なぜか?うっかりミスや集中力の欠如のせいではない。出場者はみな、注意力が高く知識量も豊富だ。だが、知識が豊富なことが仇となり、ごく当たり前の情報が遮断されてしまうのだ。

考えてみてほしい。珍しい単語を大量に覚えた状態で正しいスペルを答えるのだから、脳は何らかのフィルターを適用しているはずだ。別の言い方をすれば、脳は混同しそうな情報を抑圧している(忘れようとしている)はずなのだ。そうでないと、「apathetic」と「apothecary」を、「penumbra」と「penutimate」を混同しかねない。また、歌の歌詞、本のタイトル、映画俳優の名前など、スペルの邪魔になる情報が意識の表層に出てこないようにもしているに違いない。

忘却を絶えず行っている

私たちは日々、あまり考えることなくこの種の忘却を絶えず行っている。たとえば、コンピュータの新しいパスワードを脳にしまい込むときは、以前使っていたパスワードが浮かんでこないよう遮断する必要がある。外国語を習得するときは、その言葉に対応する母国語が浮かぶのを避けないといけない。何かのテーマ、小説、計算に没頭しているときは、自然とごく普通の名詞まで遮断され、「あれとってくれない?ほら、ものを食べるときに使うあれ」となる。
フォークという言葉すら出てこなくなるのだ。
19世紀のアメリカ人心理学者ウィリアム・ジェームズは、「人間がすべてを覚えているとすれば、何一つ覚えていない場合と同様に都合が悪いことがほとんどだ」と言ったが、本当にそのとおりだろう。

忘却の研究はここ数十年でずいぶんと進み、その結果、学習の仕組みを根本から再考する必要が生まれた。ある意味それは、「覚える」と「忘れる」という言葉の意味をとらえ直すことでもあった。「学習と忘却の関係は決して単純ではなく、いくつかの重要な点で、我々が思っている関係とは反対になる」と、UCLAの心理学者であるロバート・ビョークは私に言った。「忘れることにいいことは一つもなく、脳機能の欠陥だと思われているが、実際には学習の手助けとなることのほうが多い」

忘却についての調査を踏まえると、記憶力選手権での「敗者」が問題を間違ったのは、覚えた単語の数が少なすぎたからではない。何万、いや、おそらくは何十万という単語を勉強した彼らは、よく知っている単語のスペルで間違えることが多い。その原因は、覚えている知識の量が多すぎる場合がほとんどだ。私たちが知覚したこと、覚えた情報、思ったことは、絶えず活動している真っ暗な脳のなかにニューロンのネットワークという形で点在する。想起がこれらを思いだし部分だけを担うとすれば、忘却は、背景のノイズ、つまり想起を妨害するものを遮断し、思いだしたいネットワークが発している信号を際立たせる役割を担う。ネットワークが発する信号の鮮明さは、その他のネットワークが発する信号の強度に左右されるのだ。

天王寺で塾を探している方々も、大学受験勉強のためにこのトピックスを役立ててもらえればと思います。

【暗記】記憶のシステムを機能させる「忘れる力」

受験にも関わる記憶の話

今日は記憶について書いて行きたいと思います。

大学受験の成功を目指している人にとって、「記憶」というシステムとは毎日向かっていますよね。

そんな受験生の皆さんにとっても有意義な記事なると思います。

忘れるのは悪いこと?

うっかり忘れる
記憶力を競う大会は誤解を招きやすい。決勝戦はその最たるものと言っていい。

決勝となると、壇上には一握りの人しか残っておらず、みな、疲弊、恐怖、集中が入り交じった顔をしている。

厳しい戦いを勝ち抜いてようやくここまで来たのに、たった一つのミスですべてが終わる。

英単語のスペルの正確さを競う大会「スクリップス・ナショナル・スペリング・ビー」を追ったドキュメンタリー映画『チャレンジ・キッズ』で、

12歳の少年が「opsimath」のスペルを間違えたシーンは本当に見ていてつらくなった。

少年はその単語を知っているようだった。頭のなかを掘りさげ、わかった顔をしたと思ったが、「o」を一つ余計に入れてしまった。

”カーン”と鐘が一つ鳴り(不正解の合図だ)、少年は信じられない思いで目を見開いた。

観客が一斉に息をのみ、続いて拍手がわき起こる。

ねぎらいの喝采だ。少年はとぼとぼと壇上を降り、まだ呆然としている。

このようなシーンは、入念に準備をしてきた出場者がスペルを間違うたびに繰り返される。

マイクの前でうなだれたり、目をパチパチさせたりしながら、あの少年のときと同じ中途半端な喝采を浴びる。

一方、次のステージに勝ち進んだ子どもは、自信にあふれて落ち着いているように見える。

勝者となった少女は、最後の単語「logorrhea」が出題されると笑顔になり、正しいスペルを答えた。

記憶している人と忘れている人への印象

記憶力がいい人
この種の競技大会を見ると、2種類の印象を抱く

一つは、出場者、とくに勝者は超人的だという印象だ。

いったい彼らはどうやって覚えているのだろう?ただ単に脳が大きくて速く動くのではなく、

標準的な人はつくりが違うように思えてならない。

映像記憶(目に映った対象を映像として記憶する能力)を持っているような気もする。

だが実際にはそうではない。

確かに、生まれ持った遺伝子のおかげで、記憶の容量や処理スピードが優れている人はいる(といっても、「優秀な遺伝子」はまだ特定されておらず、それがどう機能するかも解明されていない)。

それに、記憶力を競うような大会は、記憶力に優れた人や、頭に情報を詰め込むことに執着する知識オタクが集まる傾向が強い。

とはいえ、人間の脳であることに変わりはなく、健康な脳ならどれも働きは同じだ。

十分な準備と努力をしたから、大会の出場者たちは常人とは思えない記憶力を発揮することが可能になる。

また、映像記憶だが、科学の世界ではそういうものは存在しないと言われている。

少なくとも、私たちが想像するような方法で記憶する能力は存在しない。

もう一つの印象はあまりいいものではない。

「忘れることは失敗を意味する」という、よくある自滅的な思い込みについての説得力が増す。

自滅的ではなく自明のことだ、と思う人もいるかもしれない。

誰もがみんな「忘れる」

世の中には「うっかり」があふれている。

何も考えていないティーンエージャーもたくさんいれば、いつもと違う場所に鍵を置いてしまう人もたくさんいる。

また、認知症への不安から、「ものを忘れるようになったら役立たずになる」、「ものを忘れるのは不吉だ」と思っている人も大勢いる。

学習が技術や知識の積み重ねなら、忘却は得たものの喪失という意味で捉えてしまうこともある。

たどった記憶は絶えず変化し続ける

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ストーリーをつくる部位についてわかっているのは…

それが左半球のどこかに存在するということだけだ。

それがどのように機能するのか、どうやって膨大な情報を瞬時に関連づけているのかは、まだ解明されていない。

しかし、その部位に名前はある。ガザニガは、左脳にあるストーリーをつくりあげる部位のことを「インタープリター」と名づけた。

この部位が、人生という映画の製作チームをとりまとめる監督だ。

各スペシャリストがつくり出す素材からパターンを見いだして私見を加え、各シーンを意味のあるものにする役割、そして、主題が理解できるよう全体のつじつまを合わせる役割を担う。しかも、意味のあるものにするだけでない。

ガザニガの言葉を借りるなら、ストーリーをつくりあげることまでする。意味、ストーリー、因果関係を創作するのだ。
つまり、この部位は情報を解釈するだけのインタープリターではない。

ストーリーをつくりあげるストーリーメーカーでもあるのだ。

この部位は、記憶を形成する段階に欠かせない。

出来事があった瞬間に「いま何が起こったのか?」と慌ただしく問いただし、海馬を通じて自らの判断を脳に組み込む。

だが、これは働きのほんの一部にすぎない。この部位は、「昨日何があったか?」「昨晩の夕食に何を作ったか?」といった問にも答える。

また、世界の宗教について授業で学んでいるときに、「以前に習った、仏教の教えの四つの真理は何だったか?」という問いにも答える。

このときもやはり、手に入れられるだけの証拠を集めようとするが、このケースのような場合は、外からではなく、

脳内にある知覚的な手がかりや事実に関係のありそうな手がかりだけを集める。そして考える。

ブッダの真理を思いだそうと、まずは一つの真理、あるいはその真理の断片を思いだそうとする。

そして「苦」という言葉が引っかかる。そうだ、ブッダは苦について語っていた。

苦とは○○で、それを理解する必要があると言ったのだった。

よし、これで真理の一つはわかった。二つ目の真理は瞑想に関係があったはずだ。

自発的に行動するのではなく、解放する。解放するのは「苦」だろうか?そうだ。

少なくとも、これに近い答えのはずだ。そしてもう一つの真理は、自然の道と法衣をまとった僧侶が歩く姿が浮かぶ。ということは、道だ。

大学の受験勉強もストーリーで覚える

順序立て、ストーリーのように覚えると暗記しやすいのは有名なことです。

この特性を利用して受験勉強を進める塾も天王寺にはたくさんあります。

これは多くの学習に応用できる事かもしれません。

まずは道を作る。その道に沿って覚えていく。そうすれば今の受験勉強がより効率的になるかもしれない。

道を歩くか、道に従うが答えか?

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このようなことが延々と続く。この声を巻き戻して聞くたびに、キッチンの煙の匂いやセールスの電話といった新たな詳細が加わる。

落ち着いた気持ちで「解放するのは苦」と思い返すと、いや、解放するのは「苦の源」だと思い直す。

「道を歩く」ではなく「道を切り開く」だと思い直す。こうした詳細が浮かぶと、「新たな情報」のように感じる。

それは、自分が意識するよりも多くの情報を脳が吸収しているからだ。

それにより、自覚せずに知覚したことが、思いだしている最中に意識の表面に出てくることがあるのだ。

つまり、脳に保存される事実、アイデア、経験は、コンピュータに保存されるような形では保存されないということだ。

クリック一つで開くファイルとして、いつでもまったく同じアイコンを表示させるようにはいかない。

脳の場合は、知覚、事実、思考のネットワークに組み込まれるという形で保存される。

そして、思いだすたびに、そのネットワークに組み込まれるものが若干変わる。

そうして思いだした記憶は、以前に思いだした記憶を上書きするものではない。

それと結びつき、重なりあうものである。

完全に失われるものは何もないが、たどった記憶は絶えず変化し続ける。

科学者たちの言葉を借りるなら、記憶を使えば記憶は変わるのだ。

ニューロンや細胞のネットワークについて学び、ラシュリーのラット、H・M、海馬の働き、分離脳患者、

ストーリーメーカーの存在を知ったいま、記憶が変わるというのはごく基本的なこと、いや、当たり前のことのように思えるかもしれない。

左脳は顕在意識に嘘をつく!

左脳

「脳の機能が二つに分かれているなら、なぜ脳は一つだという感覚が生まれるのか?」

それが明らかになるにはさらに25年を要した。根本的な疑問を提示する科学者が現れなければ、解明されることはなかっただろう。その疑問とは、「脳にふたりの操縦士がいるなら、脳が二つあるように感じないのはなぜだろう?」というものだ。
「突き詰めればこの問いになった」とマイケル・ガザニガは言う。彼は1960年代に、ロジャー・スペリー、ジョゼフ・ボーゲンとともにカリフォルニア工科大学で研究を行った人物だ。

上記の問いは、何十年ものあいだ、脳科学分野の未解決問題としてついてまわった。調べれば調べるほど、謎は深まるばかりだった。左脳と右脳の違いから、両者の働きが驚くほどきっちりと分かれているのは明白だ。しかし、込み入った役割を果たす場所が次から次へと見つかった。脳には特定の機能を担う部位が何千、いや何百万とあり、それぞれが特有の役割を果たしている。
たとえば、光の変化を計算する部位もあれば、声のトーンを解析する部位、表情の変化を検知する部位もある。科学者たちが実験をすればするほど、特定の機能を有する部位がいくつも見つかった。見つかったものはすべて同時に活動していて、そのほとんどが左右両半球をまたいでいた。つまり脳は一つだという感覚は、左右半球が協力しているときだけ生まれるのではない。シカゴ商品取引所での公開セリのように、あらゆる方向からニューロンの声が飛び交っているときでも生まれるのだ。でもどのようにして。。。?

その答えもまた、分離脳患者が教えてくれることになる。

脳のガサニガ
1980年代前半、ガザニガは分離脳患者に対してさらなる実験を行った。今度はちょっとした たひねりを加え、患者に1枚の絵を見せるのではなく、左半球の脳には鳥の足の絵を、右半球の脳には雪景色の絵を見せた(確認しておくが、言語をつかさどるのは左半球であり、右半球は総じて感覚的で、見たものを言葉にする働きは存在しない)。それから、両半球で見えるように、フォーク、 スコップ、鳥、歯ブラシの絵を並べ、先ほど見た絵に関係するものを選ぶようにと告げた。すると、患者の男性は足の絵に関連するものとして鳥の絵を、雪景色に関連するものとしてスコップを選んだ。ここまでは順調だ。
次に、ガザニガはその男性にそれらを選んだ理由を尋ねた。すると意外な答えが返ってきた。
鳥を選んだ理由は、絵で見た足にマッチするからだという。足の絵を見たのは彼の左半球の脳だ。そこには、絵を描写する言葉も、鳥と結びつけるしっかりとした根拠もある。
しかし、左半球の脳は雪景色を見ていない。見たのはスコップだけだ。彼は本能でスコップを選んだのだが、選んだ理由は彼自身にもわからなかった。絵との関連性を説明するようにと言われ、左脳で雪を表す言葉を検索したが、彼には何も見つけることができない。スコップの絵に目を落としながら、彼はこう言った。「鳥小屋を掃除するのにスコップが必要になります」
脳の左半球は、自ら見ることができたスコップにもとづいて、もっともらしい説明を口にしたのだった。「左半球はでたらめを言ったにすぎない」当時の実験を思いだして笑いながら、ガザニガは私に言った。「ストーリーをつくりあげたんだよ」
その後も同じ実験を続けたところ、必ず同じことが起きた。左半球は、手にした情報を使って顕在意識に嘘をつく。これは日常生活のなかで頻繁に起きているので、誰もが経験しているはずだ。たとえば、誰かが会話のなかで自分の名前を出したのが聞こえたら、何を言われているのかを想像で決めつけることがある。

脳内でさまざまな声が飛び交っても整然としているように感じるのは、ストーリーをつくりあげている部位やネットワークがあるからなのだ。「解明につながる問いかけを見つけるだけで25年かかった」とガザニガは言う。「その問いとは『なぜ?』だ。なぜスコップを選んだのかと尋ねればよかったのだ」

大学受験生は患者ではないが、、

受験生は患者ではありませんが、学習と脳には深い関わりがあるので切っても切り離せません。これから受験を受ける方、高校に入って大学受験に目を向けなければいけないかた、

様々な人が脳に対して関心を抱く必要があります。

左脳と右脳を分離するとどうなる?

右脳と左脳

人間というものがわからなくなる?

脳の内側をあまり覗き込みすぎると、脳の外側、つまり人間というものがわからなくなる恐れがある。

ここで言う人間は、総称的な意味での人間ではなく、現実に存在する個人という意味だ。

現実に存在する個人という意味だ。

ミルクを容器から直接飲む人、友人の誕生日を忘れる人、家の鍵をいつも見つけられない人、ピラミッドの表面積を計算したことがない人、そういう特定の個人を指す。

ここでちよっと復習しておこう。

脳の内側を覗いたことで、記憶の形成には細胞の活動が関係するのだとわかった。

記憶を形成する細胞は、その体験をしているあいだ発火し、海馬を通じてネットワークを形成する。

最終的には検索可能な状態で新皮質に落ち着いて、そこに記憶の元となる出来事の大筋が保存される。

しかしながら、記憶を「検索する(思いだす)」ために人が何をするかを把握するには、少し下がって広い角度から見る必要がある。

これまでは、グーグルマップで言うところのストリートビューで細胞を見てきた。

ここからは、ズームアウトしてそれらが集まってできる生命体に目を向けよう。

人の知覚について見ていくことで、記憶の検索にまつわる秘密が明らかになる。

これから見ていく人々もまた、てんかんの患者たちだ(脳科学に対する彼らの貢献は計り知れない)。

てんかんには、脳の活動の炎が化学工場火災のように広がるケースがある。

そうなると、H・Mが若い頃苦しめられた、全身が癌撃して卒倒する発作を招く。

そういう発作を抱えて日常生活を送るのは困難で、投薬治療もほとんど効かない。

だから、脳の手術をしようと考える。もちろん、H・Mと同じ手術をしたがる人はいないが、手術の選択肢はほかにもある。

その一つに、分離脳手術と呼ばれるものがあった。

脳の左半球と右半球のつながりを切断し、細胞活動の嵐をどちらか一方の半球に閉じ込めるのだ。

こうすれば、確かに発作はおさまる。

しかし、その代償は?脳の左半球と右半球の「対話」一切できなくなるのだから、深刻なダメージを招き、

人格が激変するか、人格はそれほど変わらなくても知覚に変化が生まれるのではないか。

ところが、そうはならない。

脳の手術後

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術後の変化は本当に微妙なもので、1950年代にいわゆる分離脳患者の研究が始まった当初は、

思考や知覚に変化は見つからなかったIQの低下もなければ、分析的思考が損なわれることもなかった。

脳が半分に切断されたも同然なのだから、何かしらの変化がなければおかしい。

だが、それを明らかにするには独創的な実験を行う必要があった。

1960年代に入り、カリフォルニア工科大学の研究者3人がようやくそれを実現した。

彼らは、一度に一方の半球にだけ絵を見せる方法を考案した。これこそまさに必要なことだった。

分離脳患者の右半球にだけフォークの絵を見せたところ、それが何か答えることができなかった。

名称がわからなかったのだ。

左と右で脳が分離されているため、言語をつかさどる左半球は右半からの情報を何一つ受け取っていなかったのだ。

フォークを見た右半球には、その名称を答えるための言語が存在しない。

そしてこの実験は意外な結末で幕を閉じた。

フォークを見た右半球は、手に命じてフォークの絵を描かせることはできたのだ。

3人の実験はこれで終わりではなかった。

分離脳患者たちにさまざまな実験を行った結果、右半球は触れることでも対象を認識できることがわかった。

マグカップやハサミの絵を見せた後、現物を触ることで絵に描いてあったものがどちらか正しく選ぶことができたという。

彼は右脳の人で、彼女は左脳が強い

男性と女性ののう
この結果が意味することは明快だ。

左半球は知力や言葉を担当する。

だから、右半球から分離しても、深刻なIQの低下は招かない。

一方の右半球はアーティストのようなもので、視覚や空間を専門とする。

この二つは、飛行機をふたりのパイロットが操縦するように一緒に機能するのだ。

この機能の違いが世間にあっという間に浸透し、能力の種類や人のタイプの代名詞として使われるようになった。

「彼は右脳の人で、彼女は左脳が強い」という具合だ。また、人々はこう表現することが正しいとも感じた。

人の感性というものは、開放的で感覚的だ。きっと、冷静な結論とは違う場所で生まれるのだろう。

それはともかく、左右の脳が一緒に機能することは、記憶とどう関係するのか?

大学受験(学習)と脳の関係

脳科学の詳細を知ることで受験が成功するわではありません。ですが勉強を進めていく中で脳の仕組みを雑学的にでも知っておくことで理解を深めたり

マンネリ化していく受験勉強のスパイスになるかもしれません。

一度自分の脳について、考える時間をブレイクとしても受けてもいいかもしれません。

【記憶の仕組み】もし海馬の機能がなかったら?

記憶暗記

今回も大学受験・普段の勉強でも大切な「暗記」に関わる記憶についてのお話。

以前お話しした「へンリー・モレゾン」の話は、前の話で終わりではない。

ミルナーの教え子のひとりだったスザンヌ・コーキンが、MIT(マサチューセッツ工科大学)でモレゾンの協力を得て研究を続けた。

40年以上にわたってさまざまな実験を行い、彼女はモレゾンに手術前の記憶がたくさんあることを証明した。

彼は、戦争のこと、フランクリン・ルーズベルトのこと、幼少期に住んでいた家の間取りなどを思いだすことができた。「要点記憶と我々は呼んでいます」とコーキン博士は私に言った。

「記憶はあっても、それを時系列に並べることはできませんでした。

つまり、ストーリーとして語ることはできなかったのです」

また別のパターンも

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モレゾンと同じ部位に損傷を負ったほかの人に関する研究でも、損傷を負う前と負った後でよく似たパターンが現れた。

海馬の機能がないと、人は新しい顕在記憶を形成できないのだ。

人名や物の名称、事実、顔、体験に関する記憶は実質すべて、脳に損傷を負う前に覚えたものだ。

つまり、そういう記憶は一度形成されると、海馬以外のどこかに保存されるということだ。

それが可能な部位は、脳の表面を薄く覆う「新皮質」以外には考えられない。

新皮質には人間の顕在意識が宿る。

複雑な層を成すこの組織は、場所によって機能が異なる。

視覚をつかさどる場所は後部で、運動をつかさどる場所は耳の近くになる。

左側は言語の解釈を助ける場所で、そのすぐそばの場所は、話す能力と書く能力をつかさどる。

この皮質(要は脳の「てっぺん」)でしか、エピソード記憶の内容を豊かなものにつくり直すことも、

「オハイオ」という言葉や数字の12に関連する事象を仕分けすることもできない。

高校生活初日に関するニューロンのネットワークも(この日に関連するものすべてなので、ネットワークはたくさんある)、

全部ではなくてもほとんどがこの部分に含まれているはずだ。

高校時代の記憶

私の大学受験のことなどあまり考えていなかった高校初日の記憶は、視覚情報(赤毛、メガネ、茶色っぽい壁)と聴覚情報(廊下の喧騒、ロッカーを閉める音、教師の声)が

圧倒的に多いので、このネットワークは大量の視覚野と聴覚野のニューロンで構成されている。

食堂の匂いや背負っているリュックの重みの記憶がある場合は、それらをつかさどる皮質の部位にある細胞が大量に含まれていると言える。

記憶が宿っている場所は、ある程度は特定することができる。

基本的には新皮質のどこかになるが、正確な位置まではわからない。

脳が特定の記憶を見つけてそれに命を吹き込むスピードは驚異的だ。

ほとんどの人は、一瞬にしてそのときの感情やさまざまな詳細を思いだすことができる。

なぜそんなことができるのかを説明したくても難しい。どのようにしてそれが起こるかは誰にもわからない。

私は、思いだそうとした瞬間に脳が生みだすものは、脳が引き起こす最大のイリュージョンだと思っている。

大学受験のために勉強しているだけならこんな神秘的なことに気づくことはありませんよね。

たまにはこういったことに目を向けてみると気分転換になるかもしれません。

場面ごとに保存されている記憶が、ニューロンのスイッチひとつで、取りだすことも再びしまうことも可能になるのだから。

事実は奇なり、とはよく言ったもので、脳の事実もまた奇なりであり、そして想像以上にありがたいものなのだ。

「脳」のお話【てんかん患者の悲しみ】大阪塾講師のコラム

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ここでは大学受験とは関係ないですが「脳」についてお話しします。
ちょっとしたブレイクと思って読んでください。

昔の人の脳への解釈

記憶は脳内のさまざまな場所に散らばっていると信じられていた。

オレンジの果肉のように、思考を支える部位全体に広がっているというのが当時の科学者の見解だった。

何しろ、個々のニューロンにほぼ違いはない。

あるとすれば、発火するかしないかの違いくらいだ。

記憶の形成に不可欠だと思われる部位は一つも見当たらなかった。

19世紀の時点で、言語などいくつかの能力については、それぞれ決まった部位がつかさどることは明らかになっていた。

しかし、例外もあるらしいということがわかった。

1940年代に入とると、神経科学者のカール・ラシュリーが、迷路の抜け方を学習したラットの脳のさまざまな部位に外科的損傷を与えても、迷路を抜けることにほとんど影響しないことを実証したのだ。

記憶をつかさどる場所が1カ所に決まっているとすれば、損傷のどれか一つが深刻な問題を招いているはずだ。ラシュリーは以上のことから、脳のあらゆる部位で記憶を支えることが可能だと結論づけた。

脳のどこか一部が損傷しても、別の部位に代わりが務まると考えたのだ。

ところが、1950年代からこの理論の崩壊が始まる。

まず、成長途中の神経細胞(要はニューロンの赤ちゃん)が、まるで役割を事前に割り当てられているかのように、特定の部位に集まるようにプログラムされているという事実が判明した。

「君は視覚の細胞になるのだから、後ろ側へ行きなさい」「ああ、そこの君は運動ニューロンになるのだから、運動野へ行くように」と命令されているようなのだ。

この発見によって、「脳の部位の役割は交換可能」という仮説の土台が崩れた。

そして、英国生まれの心理学者プレンダ・ミルナーとヘンリー・モレゾンという男性との出会いがとどめを刺した。

モレゾンはコネチカット州ハートフォードに暮らす修理工だったが、激しく痙攣を起こすため、なかなか仕事が続かなかった。

何の前ぶれもなく突然倒れて冷たくなる

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地雷原を歩くような毎日では、日常生活を維持することは不可能だった。

1953年、27歳になったモレゾンは、ハートフォード病院の脳外科医ウィリアム・ビーチャー・スコヴィルに望みを託し、彼の元を訪ねる。

モレゾンはてんかんの一種を患っていたようだが、当時唯一の治療法として一般に知られていた抗てんかん薬は、どれもあまり効果がなかった。

スコヴィルは非常に優れた高名な外科医だった。

彼は、痙攣の原因は内側側頭葉にあると推測した。

内側側頭葉は脳の左右に一つずつあり(半分に切ったリンゴの芯のように左右対称に存在する)、そこには「海馬」と呼ばれる器官が含まれる。

この部分が、多くの痙攣性疾患に関与していた。

スコヴィルは、モレゾンの脳から海馬を含む組織を指の形に2カ所切除するのが最善だと考えた。

この手術は賭けだった。

とはいえ当時は、スコヴィルを筆頭に、脳外科手術でさまざまな精神疾患(統合失調症や重度のうつ病など)が治ると多くの医師が信じている時代でもあった。そして実際、モレゾンが痙攣を起こす回数は手術後に激減した。

それと同時に、モレゾンは新しい記憶を形成する能力を失ってしまう。

朝食を食べるたび、友人に会うたび、犬の散歩で公園へ行くたび、彼にはそれが初めてのように感じられた。

手術前の記憶はいくらか残っていて、両親、子どもの頃に住んでいた家、子どもの頃に遊びに行った森のことは覚えていた。

短期記憶は優秀で、電話番号や人の名前を暗唱して30秒くらいは覚えていることができ、世間話もできた。

新しい記憶を形成できなくなっても、同世代の若者と同等の注意力や繊細さを持ちあわせていた。

しかし、職に就くことはできず、彼は瞬間を生きるという誰よりも神秘的な生活を送ることになった。

大学受験生へ

この話は受験と直接関係していることではありませんが深く考えさせられる内容ですね。

あなたたちが勉強して記憶していくことがとても素晴らしいことで、恵まれていることだということを忘れないようにしてください。