ニューロンについてのお話第二弾(続き)です。引き続き大学受験の塾の先生としてではなく、脳に詳しい先生のお話として読んでください。
結合してネットワークを形成する細胞が、「ニューロン」と呼ばれるものだ。
ニューロンは生命活動に欠かせないスイッチの一種だと思えばいい。
結合する一方のニューロンから信号を受けとると、スイッチが入って(発火して)反対隣のニューロンへその信号を伝達する。
ニューロンのネットワークによって形成される記憶は、ニューロンが無作為に集まってできるわけではない。
特定の記憶が最初に形成されたとき、たとえば、ロッカーの扉をバタンと閉める音を初めて聞いたときに発火した細胞が集まってできる。
それらはいわば、その経験の目撃者集団だ。
そして、細胞どうしが接合する部分は「シナプス」と呼ばれ、接合が繰り返されるたびに シナプスの強度は強くなり、信号が伝達するスピードも速くなる。
そう聞くと本能的に納得できるだろう。
何かを思いだそうとしたときに、その何かを思い出そうとしたときに、その何かを頭のなかで再現する感覚になったことが何度もあるはずだ。
とはいえ、2008年になるまで、人間の脳細胞レベルで記憶の形成や引き出しが直接捕捉されたことはなかった。
その年、UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)の医師たちが、てんかん治療の手術を待つ患者13人の脳に糸状の電極を装着してある実験を行った。
電極の装着は、てんかん治療では日常的に行われている。
てんかんの全容はまだ解明されておらず、突然発作が起こるのは、脳内で小さなハリケーンのような電気的な活動が
起こるせいだと言われている。
発作の原因となる活動は同じ部位で起こることが多いが、その部位は人によって異なる。
外科手術で活動の震源地を切除できるとはいえ、まずは発作が起こるときに立ち会って記録し、震源地を見つけないといけない。
電極を装着するのは、震源地を特定するためなのだ。
特定には時間がかかる。
発作が起こるまで、患者は電極をつけたまま何日も病院のベッドで横になって
UCLAの医療チームはこの待ち時間を利用して、根本的な疑問の答えを見つけようとした。
患者は発作が起こるのを待つあいだ、5〜10秒の映像をたくさん見せられた。
アメリカの国民的テレビドラマ『となりのサインフェルド』やアニメ番組『ザ・シンプソンズ』、エルヴィス・プレスリー、有名な建造物など、アメリカ人なら誰もが知っている映像ばかりだ。
その後短い休憩を挟んだ後、医師が患者に先ほど見た映像を思いだせるかと尋ね、思いだしたら声をかけてほしいと頼んだ。
映像を見ているあいだの脳の動きをコンピュータで記録したところ、
約100個のニューロンが発火していた。
発火するパターンは映像ごとに違い、ある映像では激しく発火しても別の映像ではおとなしいニューロンもあった。
そして、映像を思いだしたとき、たとえば 『ザ・シンプソンズ』の主人公ホーマー・シンプソンの映像を思いだしたときは、その映像を最初に見たときとまったく同じパターンでニューロンが活動した。
まるで、最初に見たときの体験を再生しているかのようだった。
「無作為に映像を見せる実験でこの結果が表れたことには驚いていますが、この現象が強く現れたことから
我々が調べようとした場所は正しかったのだと確信しました」と、この研究論文の上席著者で
UCLAとテルアビブ大学の脳外科教授でもあるイツァーク・フリードは私に言った。
実験はこれで終了したため、時間がたったらその映像の記憶がどうなるかはわからない。
被験者が『ザ・シンプソンズ』を何百回と見た人だったとしたら、ホーマーが出てくる5秒の映像はあまり長く覚えていないかもしれない。
しかし、そうとは言い切れない。
その映像を見ていたときの何かがとくに印象に残った-たとえば、
脳に電極をつけてくれた白衣の男性が高笑いしているホーマーに見えたとすれば
そのときの記憶はどれだけ時間がたってもすぐに思い出すことができるだろう。